ほんの些細なことなんですけどね

2008年03月31日 21:59

午前のドイツ語学校が終わって、チューリッヒ中心部にある「公共駐車場」を管理するチューリッヒ市のオフィスに行きました。

アパートのガレージを使うと180CHF/月ですが、公共の登録制路上駐車(ただし、青色の線が引いてあって、住んでいる街の郵便番号と許可区画が一致しなければいけません)にすると150CHF/です。

どう考えても経済的大差がありますよね…。

というわけで、今回はアパートのガレージは使わず路上駐車することに決定です。

問題は居住者用青色駐車区間がとても少ないということ。

近所になければ、かなり遠くまで行かなくてはいけなることも可能性としてあります。

でも…路上駐車スペースを見つけるのがとても大変なミラノを知っているがゆえに、M氏はそんなことも別に気にしていないようです。

新しい住所を外国人登録事務所で変更してから、居住者用の路上駐車場利用が可能になるとのことでしたので、それまでの間1日15CHFもする…だけど、チューリッヒ市内の青色区画ならどこでも駐車できる(ただし最長2時間枠以外)チケットをとりあえず4日間分購入しました。

こういうちょっとした出費が多いのがスイス…いやいや チューリッヒ…。
Veveyに居た時は「10時間駐車場」というのが湖畔にゴロゴロあったんですが…、大きな街は車があると高くつきます。

午後は注文しておいた本棚とクローゼットが届きました。
家具屋さんが3人で組み立て配置をしてくれました。

とても優しい人達ではちゃめちゃな私のドイツ語を根気づよく聞いてくださいました。
本当にスイスの方々の優しさには感謝感激です。

巨大なクローゼットを手際良く組み立て、「掃除しておきましょうか?」とまで聞いてくださいました。
でも明日にはイギリスからの荷物が全て届くし、どうせまた汚れるので「いいですよ、そのままにしておいてください。」とお応えしましたが、こういう律儀なところってスイスの文化なんでしょうか…。
他の友人も「家の配線工事の修理を留守中にお願いしていたけど、修理したのかさえも分からないくらい綺麗に後片付けされていたのよ」と言っていました。

そういえば、家の前を通りかかった1歳くらいのヨチヨチ歩きの女の子が、Marsチョコレートの空き袋が道ばたに捨てられているのを見て「ah ah!」と指をさして、起こったような顔をしていました。
もしかして、そんなに小さい時からすでに「ゴミを道に捨てない」教育がされているの!?

三つ子の魂百まで…

スイスでそんなことを思った瞬間でした。

明日は一人ですが、運ばれてくる荷物を「あっちへ、こっちへ」と指示を出し、荷物の開封を頑張ります。

昼間

2008年03月13日 16:21

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結婚式の招待状デザインを選ぶMさん


今日はどうしてもInstant Japanの写真展があっているHILTLでランチがしたくて、ブラジル出身のMさんをランチに連れ出しました。

普段はお昼からワインはちょっと…と思うのですが、今日は灰色の空を吹き飛ばすようなエネルギーが続いていて、その勢いでグラスワインを片手にベジタリアンランチをいただきました。

なにかと気の合うMさん。習いたいこと、興味のあること、人生観など妙に噛み合うところが多い女性。彼女は私より10歳年上だけど、正直…初めて会ったときは私より若い!と思ったくらい(他の人も彼女の年を聞いて倒れそうになるくらい)肌はツヤツヤ、シワはないし…という方。

夏に結婚式をスイスで挙げることになっている彼女、時間があると一緒にドレスを見に行ったりしています。

今日は招待状を作るためにお店をいくつか廻りどんなデザインにするか…という準備に付き合いました。

帰り際、暖かくなったらテラス席で一杯飲みながら宿題しよう…と約束をした私達であります。

立ち寄った文具店では店員の方達がとても親切な対応をしてくださって、私達2人とも顔を見合わせて「ニコ」。
出口の扉を開けて頂けるだけでも嬉しいものですね。

21日遅れのプレゼント

2008年02月20日 23:11

M氏から21日遅れの誕生日プレゼントをいただきました。

届いた物はHTC社の携帯電話です。

詳細リンク:htc.com

windowsを使っている携帯なので、日本語変換ソフトをダウンロードして日本語変換ができるようにM氏がしてくれました。

「これで、カフェにいてもfree wi-fiのところだったら、日本語でお母さんにメールができるね」

と、M氏は嬉しそうに言ってくれました。

彼の優しさに、Grazieです。

Dankeなこと

2008年02月19日 17:59

Danke…Grazie…Thank you...ありがとう。

と、感謝の言葉を並べました。

それは思いがけない優しさを他の方々からいただいたからです。

昨日からドイツ語学校に通っています。まだ生徒の全員がどこから来て、どんな理由でスイスにいるのか…という話まで出来ていないくらい、たくさん勉強をしているクラスです。

今日、休憩時間にクラスのAさんが話しかけてきました。
Aさんは英語も分かるようですが、一切英語は使いません。

Aさんに「どこの出身?」と尋ねると…出身国は今話題の「コソボ」でした。

彼はコソボからやってきて、レストランのキッチンの仕事をし、今は郵便局で荷物の振り分け作業をしているのだそうです。
そんなAさんは「No English No English」と休憩時間に英語をばらまき散らす他の生徒に一言。Aさんのその姿勢に私は「凄いな」と感心してしまいました。
初心者コースでしかもクラスが始まったばかりですから、他の人達は独語での会話はかなり難題です。なので、会話が英語になってしまうのも仕方の無い事なのですが…。(運良く、皆英語ペラペラ)

よくあるコトなのですが、語学学校では多数派の言語を話せない/話さない人はその輪からちょっぴり「外」にでてしまいがち。
私のクラスにもすでにその雰囲気が…。

私は英語の輪に入りにくそうだったAさんと片言ながらに独語で会話をしました。
充分に理解できないことがもどかしかったのですが、でも本当はこうやって実践することで一番力がつくんですよね。Aさんも毎日の仕事の中で聞いて話ていいるから間違ってでも片言でも独語で話すことを躊躇をしていないのだろうな、と思いました。

休憩が終わって教室へ戻ると…AさんがDHLのボールペンを持ってきました。
「これこれ…、君にあげるよ」と。

一瞬、え???と思ったのですが、「本当にいいの?」と念を押して頂戴しました。
授業中も「ペンあるの?」ともう一度念を押して、本当に貰っていいのか確認した私です…。(私もペンは持っていたんですが…)

1本のボールペン、Aさんの気持ちをありがたい…と思い、早速授業で使わせてもらいました。

明日はもっとAさんと話ができるように、私ももっと勉強をしたい…と刺激も受けました。Danke。



そして午後、昼食をさっと済ませた後はスポーツジムへ行きました。

週に3回程とっているクラスのインストラクターはとっても面白いエネルギッシュな人です。

スタジオの入り口へ…いつもの調子で私に伊語で話しかけて来たか…と思うと、

「君に大事な話がある」と…。

スポーツジムで大事な話?????

すると

「知り合いで求人している会社がある。そこに君をどうかと思って、先方には君のことを話しておいたから」

「へっ?」

クラスが終わってインストラクターは先方の連絡先をくれました。

そして、さきほどその先方へも電話を入れました。「聞いてますよ、あなたのこと」と反応があり、あぁすぐに電話しておいて良かったと思いました。

とりあえず、履歴書を送るということで一段落しましたが、本当に驚きました。

クラスの後でちらっと話したときに「仕事をしたい」と言っていたことを覚えていてくれて、今回の話を持って来てくれたのでしょう。

思いがけないことではありましたが、このインストラクターの人柄を感じました。
Obrigadaです。

スイスへ来て、たくさんの人達にたくさんの助けや優しさをもらっている…と思います。こうした人達のおかげで、私の心はいつも潤っているのかもしれません。

ありがとう。

コソボの独立とクラクション

2008年02月17日 20:00

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今日まで上の旗がセルビア共和国の一部だった「コソボ自治区」の旗だということを知りませんでした。

午後、イタリアから車でスイスへ向かっている途中やチューリッヒ市内でこの旗を掲げた人々が車から乗り出しクラクションをならしたり、街で大きな声を出している姿をたくさん見ました。

私は「これはサッカーとかホッケーとかの試合でだろう…」と思っていたのですが、帰ってニュースを見ると「コソボ自治区がセルビア共和国から独立宣言」という内容が流れていて、その背景にはこの旗を持った人々の喜ぶ姿がありました。

これで初めてコトの成り行きを知ったのです。

コソボ紛争と言えば、まだ私の記憶の中でも新しい血なまぐさい事実です。

随分前に私は一人のコソボ出身の人と出会ったことを思い出しました。
彼は紛争当時8歳だったそうです。

それはそれは恐ろしくて心細い日々を送っていた…そしてついに父親が自分の将来の為にと、コソボを脱出する決意をし、ヨーロッパの国を点々とし、命からがらアメリカへ移ったのだ…と話をしてくれました。

その人は今頃きっと、地球のどこかで母国の誇らしい独立と誕生を喜んでいることでしょう。

明日以降、国際レベルでのコソボを国家として認めるかどうかという会議が始まります。
いつものごとく、旧ソ連時代に覇権を及ぼしていたロシアはいい顔をしていません。
経済、株式、貿易、政治、社会基盤の整理など立ちはばかる問題は多いはずのコソボ、これからどのように世界の舞台を歩いていくのでしょうか。

今、チューリッヒの幹線道路を見下ろしています。どこも大渋滞です。
これがコソボの独立と関係しているのかは分かりませんが、足下や遠くから聞こえるクラクションの音は明らかにコソボ独立を喜ぶ人々の声でしょう。

そして時々見える車から振られる赤に黒の旗。

コソボ紛争で亡くなった人々を持つ家族や心に深い傷を負った人々の新たな一歩なのだと感じます。

スイスは常に政治亡命や戦争や紛争による難民を率先して受け入れてきました。
きっとこの街で、この国でクラクションをならし、旗を振り、祝杯をあげている人々は紛争時代に国の戦火をのがれスイスへ難民として引き受けてもらえた人々でしょう。

ふと思ったのは…この小さな国にそんなにもアルベニア系/コソボ人がいるのだ…ということ。
人口約700万人、国土は日本の九州程度しかない国の凄さを感じた午後でもありました。