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ヨーロッパにおける新しい動き

ベルギー、フランスで女性がベール(ヒジャブ、ブルカ、ニカブなど)を公共の場で覆うことを法律で違法としたことがきっかけで、ますます女性が宗教上の理由で容姿を隠す(特に目の部分だけ、または目にもベールをかける)ことに対する論議があちこちで大きくなっていると思います。

ここスイスでもしかり。
社会情勢に目を向けていらっしゃる方はどのようなことが問題で挙げられているかご存知だと思いますので、ここでは多くは書きませんが、学校での対応など今までスイスの人達、ヨーロッパの人達が直面しなくてよかった議題が増えています。

そんな中、イタリア北部の街で↓なことがあったとのニュースを見つけました。
http://www.guardian.co.uk/world/2010/may/04/italian-police-fine-muslim-woman


私がいつも思うのは「自己の尊重、自己の信念、自己の主張」を貫くのであれば、よそ様の国で生活する以上、その国の「やり方」を尊重することから始めることが第一歩ではないか、ということ。
特に移民としてやってきた人にとって、最初の数世代における「インテグレーション」の努力を惜しんではいけないと思うのです。これは駐在組も同じだと思います。

角度を変えてもう1つ。
ベールで容姿を隠さなければならない理由付けがイマイチはっきりしません。教典にはそんなこと書いてないらしいのです。いわゆる男性優位主義の考えが教典の捉え方を変えた…という人もたくさんいます。

それから、私達がベール着用のルールが適用される国へ行く場合、一部の場所をのぞいて外国人である私達もベールをかぶらなければなりません。
私たちの宗教は彼らのものとは違っても、現地ではそうしなければならない…。それが彼ら・彼女達の「やり方」であり「ルール」であるから。
逆にいってみれば、欧州ではベールをかぶってはいけないのがルールだからかぶらないでください…という主張がとおってもおかしくない…という考えにもたどり着きます。

良い例はトルコではないでしょうか。
近代化を他のイスラム系の国とは違うスタイルで行った国。
宗教と政治や教育から切り離した「政教分離」の改革が浸透しています。(一部ではまた後退させようとする政党があり、色々問題もあるようですが…)
(教育の場、政治の場、公共の場でベールをかぶることはNG。もちろんモスクや家庭などではOK。)

彼ら・彼女達にとって生活、人生、生きることと一体化している宗教。
その本来の意味が一体何なのか、これから新しい世代が新しい角度から考え、対話し合える機会を増やすことも私達の役目ではないかと思います。

Comment

Marinka says... "毛鞠さんへ"
引き続きコメントありがとうございます。
こちらで多くの方にこの件についてお話を聞きましたが、色々な意見があり本当に難しいことだと思います。よく聞いたのは「相手の顔が見えないのが不安」という声。スカーフだけですと頭部を覆うだけですが、目だけあるいは目まで覆ってしまうことでその世界で育っていない人にとっては心理的に壁があるのだそうです。
それから女性に対する抑圧の象徴だと思われる方もいて、宗教だけでは語れない部分も見え隠れ。
ぜひ毛鞠さんのようになぜ?と思われるお声を多く発していただきたいと思います。
2010.05.12 21:54 | URL | #- [edit]
毛毬 says... "なぜなぜ?"
これは自由な国のパラドックスですね。
他の宗教を禁止している国でその国の容姿を強制させられるのは分かりますが、宗教の自由を認める国である宗教の容姿だけを認めないというのは理屈としてはおかしいと思います。
なによりもまず、なぜスカーフだめなの?ってことが
不思議です。60年代みんなやってたじゃない。
ちなみに、「ユダヤ教のキッパーをかぶるのは禁止」とかいったらどうなるでしょう?
2010.05.12 21:15 | URL | #- [edit]

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