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コソボの独立とクラクション

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今日まで上の旗がセルビア共和国の一部だった「コソボ自治区」の旗だということを知りませんでした。

午後、イタリアから車でスイスへ向かっている途中やチューリッヒ市内でこの旗を掲げた人々が車から乗り出しクラクションをならしたり、街で大きな声を出している姿をたくさん見ました。

私は「これはサッカーとかホッケーとかの試合でだろう…」と思っていたのですが、帰ってニュースを見ると「コソボ自治区がセルビア共和国から独立宣言」という内容が流れていて、その背景にはこの旗を持った人々の喜ぶ姿がありました。

これで初めてコトの成り行きを知ったのです。

コソボ紛争と言えば、まだ私の記憶の中でも新しい血なまぐさい事実です。

随分前に私は一人のコソボ出身の人と出会ったことを思い出しました。
彼は紛争当時8歳だったそうです。

それはそれは恐ろしくて心細い日々を送っていた…そしてついに父親が自分の将来の為にと、コソボを脱出する決意をし、ヨーロッパの国を点々とし、命からがらアメリカへ移ったのだ…と話をしてくれました。

その人は今頃きっと、地球のどこかで母国の誇らしい独立と誕生を喜んでいることでしょう。

明日以降、国際レベルでのコソボを国家として認めるかどうかという会議が始まります。
いつものごとく、旧ソ連時代に覇権を及ぼしていたロシアはいい顔をしていません。
経済、株式、貿易、政治、社会基盤の整理など立ちはばかる問題は多いはずのコソボ、これからどのように世界の舞台を歩いていくのでしょうか。

今、チューリッヒの幹線道路を見下ろしています。どこも大渋滞です。
これがコソボの独立と関係しているのかは分かりませんが、足下や遠くから聞こえるクラクションの音は明らかにコソボ独立を喜ぶ人々の声でしょう。

そして時々見える車から振られる赤に黒の旗。

コソボ紛争で亡くなった人々を持つ家族や心に深い傷を負った人々の新たな一歩なのだと感じます。

スイスは常に政治亡命や戦争や紛争による難民を率先して受け入れてきました。
きっとこの街で、この国でクラクションをならし、旗を振り、祝杯をあげている人々は紛争時代に国の戦火をのがれスイスへ難民として引き受けてもらえた人々でしょう。

ふと思ったのは…この小さな国にそんなにもアルベニア系/コソボ人がいるのだ…ということ。
人口約700万人、国土は日本の九州程度しかない国の凄さを感じた午後でもありました。

Comment

Marinka says... "ゆうかさん"
教育の面からのご指摘ありがとうございます。

確かに学校教育における移民、難民の位置づけというのは難しい時代にさしかかっているようですね。
イタリアで教員をしている姉は移民の増え続ける地域の教育のありかた、文化宗教の違いからくる衝突が多くなってきていることをあまり語りませんが、たくさん抱えているようです。
スイスやイタリアをはじめ他の先進国にしてみれば自国の税金を削って難民受け入れをしているわけで、どこまで保障するべきなのか、このあたりが最近では選挙の焦点になっていますし…って海の向こうの大統領選も…。
教育が社会、国家の安定と成長、そして将来に与える影響は大きい、そう思います。その一方で、母国の日本も大丈夫なんだろうか…と心配ですが…
ゆうかさん、ぜひ未来の子ども達のために、いい教育システムを構築してください!応援してます!
2008.02.18 20:12 | URL | #- [edit]
ゆうか says... ""
スイスやイタリアは旧ユーゴからの難民が多いみたいですね。ヨーク時代の同級生がチューリッヒのボスニア難民の教育問題を研究しています。難民の子どもは多くが学習困難児のクラスに入れられ、まともな学力がつけられないままドロップアウトしてしまうのだそうです。言葉も習慣も違うのだから最初は勉強に付いて行かなくて当然なのですが、適切な受け入れが無く学校という社会化の装置からこぼれ落ちてしまった結果、多くが貧困層になってしまっているのが現状のようです。
…なんて、つい教育の面を見てしまいます。
  最近のコソボは実質的にセルビア中央政府の影響下にはなかったとは言え、今後も道のりは厳しそうですね。ロシアが再び台頭してきたのは国際社会のパワーバランスにはそんなに悪いことではないと個人的に思いますが、コソボにとっては頭の痛い問題ですね。
 
2008.02.18 19:04 | URL | #- [edit]
Marinka says... "minaさん"
スイスの国際色の豊かさは他のヨーロッパ諸国に負けない、あるいはそれよりも大きいかもしれませんね。
いろいろな事情でこの国へやって来た人達が1人でも多く、母国や他地域の平和に尽力できるといいですね。
2008.02.18 16:45 | URL | #- [edit]
Marinka says... "アキオさん"
貴重なコメントありがとうございます。
今回の独立にしても、日本のようなほぼ単一民族の中ではなかなか分からない民族や宗教による衝突のことを再び考えさせられます。
今でもアキオさんはngo活動はなさっているんでしょうか?
2008.02.18 16:39 | URL | #- [edit]
mina says... ""
私もスイスで、コソボ出身の男性と一緒に働いていたことがあり、ニュースを見たとき彼の顔がよぎりました。
コソボ人の10人に1人はスイスに住んでいます。
確かに小さな国ですけど、その人口の40%は外国人で、旧ユーゴから大勢の人が移り住んできていますね。
世界のどの地域にも、スイスの平和が訪れるといいのにと思います。
2008.02.18 11:01 | URL | #- [edit]
アキオ says... ""
marinkaさん おひさしぶりです。
僕は東京で住んでいた7,8年前、旧ユーゴを支援するngoグループに顔を出していたんです。日本人にとってはなじみの薄い旧ユーゴ。僕も自分で勉強するまでは殆ど知識がありませんでした。旧共産圏ながら、他の東欧諸国とは違いチトー政権の政策で結構潤っていたようですね。戦前は。僕がこのngoで印象に残っているのは、御茶ノ水大に交換留学にきていたセルビア人の女性の話。彼女はロンドン大の学生でしたが、セルビア人だということで一度は入学を拒否されたそうです。一般的にこの戦争、セルビアが悪モノにされている気がしますが、それぞれにそれぞれの事情があるんですよね。このngoには、同じくセルビアの
敵対国クロアチアとボスニアの学生がいました。しかも宗教も違います。でも3人とも仲が良かったんです。
彼らの言葉、”当時、国に帰れば敵対同士、でも政治や宗教のバックグラウンドを取り去れば、みんな一緒なんだ。結局は自分では選択の余地がない、バックグラウンドと所属の相違で,友になるか敵になるか。それが戦争だ”と。
2008.02.17 23:02 | URL | #- [edit]

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